「長上を敬する」という言葉。

僕は学生時代に空手を習っておりました。
元々格闘技が好きで、小学校時代は三沢光晴、ジャイアント馬場、アントニオ猪木など全日・新日問わず夜中にプロレスを見たり、辰吉丈一郎の世界戦などもリングサイドで応援するほどでした。
今のキックボクシングのルーツはここから繋がってきます。
男の子は喧嘩が強い、とか、やっぱり好きなんですよ。

それはさておき、空手の話に戻ります。
うちの道場では稽古をはじめる前に、十個の訓示のようなものを全員で唱和するのです。
健やかであることや、礼節を持つことなどが書かれているのですが、その中に「長上を敬する」という言葉ありました。
「ちょうじょうをけいする」と読みます。

会社の経営理念やこういった訓示のようなものは往々にして特に意識して意味を考えることなど少なく、極めてプリミティブなことが書かれているので「ふーん」というように見過ごされることが多い。
人へ感謝しようと書いてあっても「そんなの当たり前やろ」って思うわけです。

弊社も「経営の五業」という理念を掲げて事業運営をしておりますが、当たり前のことばかり書いてあります。
しかしこれを作成するのには1年かけました。
そして文字にするまでに3年を要しました。
作る側としては凄まじい想いを短い文章に集約しているのです。
※興味のある方は「経営の五業」をご覧ください。

空手の話に戻ります。
僕が習っていた空手は実践のフルコンタクトの空手だったので防具もないので生身の体を蹴ったり殴ったりします。
肋骨なんかポキポキ折れてました。
ある日の組み手(実践の殴り合い)の最中、相手に蹴りを放ち、ダウンを奪いました。
道場は沸き、そのまま組み手は終了。
他の練習生も「凄いやん」なんて言葉をかけてくれました。
調子に乗った僕がその時に返した言葉が悪かったのですが、「まだ8割程度や」と口に出してしまいました。

烈火の如く怒った師範に、僕は即座に全員の前で正座をさせられ、道場に書いてある上記の訓示を見ろと言われます。
そして「長上を敬する」を何十回も唱えろと言われました。
「あ、まずいことしたな・・」と子どもながらに思いながら僕は「長上を敬する」と何回も唱えます。
反省というより、怒られた・・・恥ずかしい・・・という想いが強かった気がします。(なんと稚拙な)
最後に師範は僕に言います。
「葛城くん、長上を敬するの意味がわかりますか?」と。
僕はすぐに「はい、目上の人や先輩を敬うことです」とこたえます。
そうすると師範は「違う。」と言います。

「自分より優れた部分を持つ人のことを敬うことです。長上とは他の人の優れた部分。それを敬うことです。年上の方は勿論、年下でも小学生ですら葛城くんよりも優れた部分を持っている。つまり、自分以外の他の人の長上を見つけて敬うことが大事なのだよ。」と指摘されました。

結局、単に空手という分野では腕力の強い人が勝ち、経験が長い人が有利ではあるが、空手以外の部分は対戦相手よりも劣っていることもたくさんある。
それは何も数値で図れる能力や学齢などではなく、精神的に強いとか優しいとか素直とか、そういう人としてのスタンスも含まれている。

なぜかこの「長上を敬する」という言葉を今朝ふと思い出したのです。
今よりも更に無知で稚拙な高校時代にはわからなかったこと。
大人になりもう少し理解できるようになったかもしれない。

部下でも新入社員でも年下の友達にも敬意をはらうこと。
素晴らしいところを見つけて、その部分を見習うこと。
未熟だなと自分が思っている人でも絶対に相手より自分が劣っているところはたくさんあると理解すること。
敬うこと。

長上を敬するということをどんな立場におかれても忘れてはならないのだろう。
そう思って人と接しないといけないのだろう。
それがどんな立場の、どんな年齢の人ですら。

組織において、リーダーに求められるのは、メンバーへの「尊敬」だと思う。

株式会社OCEAN’S
葛城 嘉紀